待つこと

雑記

何か自分が望む結果を得たいとき、焦ったり、無理強いしたり、悲観したりすることってないでしょうか?

若い時にはわからなかったことで、かつての行動でできなかったことの一つに「待つこと」というのがあります。

野球やサッカーなどのスポーツにもゲームのターニングポイントというのがあり、そこで一番の集中力をもち、潮目を見て采配すると、そのゲームを支配できる。

自分自身が焦ったり、何かを強引に進めようとしたりすると、逆に流れが悪くなり、全体の流れから逸脱してしまう。

こういう経験を今まで幾度となくしてきました。

たいていそういうときは後で気づくもので、その瞬間はわからないものです。

なぜ待てないのか?

性格的なものもあるかとは思います。

でも社会全般が便利で豊かになったことにも影響があるかと思います。

便利になって、すぐ結果がでるようになった結果、思い通りにならないことや不便なことに対しての耐性が下がっているんではないかと自分自身を見て思うわけです。

ただ最近、うまくいかない状態を冷静に見ているうちに、その状態を受け入れられない自分を受け入れられるようになったというか、もう少し長い目でみて、うまくいくようにしていくことが大事ではないかと考えるようになりました。

望む状態のゴールをすぐ先の未来ではなく、もう少し先の未来に設定すると、できること、またやらなければいけないことの選択肢が増えてきます。

今受け入れられないとしても、遠くの未来から見ると、それも過程であるといえる訳です。

望む目標を遠くに見て、全体の流れを観て、潮目を視ること。

また動くべき時に動けるように、時に耐えながら、しっかりと準備すること。

それが待つことではないかと思います。

明日も早起きします。

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